講演内容
ことばとコトバと言葉
講師:コピーライター 安藤寛志 様
日時:2018年8月25日(土)
場所:Emblem Stay Kanazawa 5F
FIXプロモーション研究会第3回は「コピーライティング」をテーマに開催された。
しかし、コピーライティングを「学ぶ」というのはどういうことだろうか。
例えば小説の書き方にメソッドが存在しないように、コピーライティングにもメソッドは存在しない。
だからこそ、私たちはお客さんが世界に伝えたいこととそれを形にできるかもしれない言葉たちの周囲を、苦しみながら旋回していると言える。
先生のいない生徒。
講師のコピーライター安藤寛志さんは、数年の会社勤めの後、フリーランスを貫いてきた。
例えば誰かクリエイティブ・ディレクターと組んで仕事を重ねていく中で自分なりの方法論に辿りつく、といった経験はなかったそうだ。
その代わり、日本中の広告が先生だった、と安藤さんは言う。
安藤さんが仕事を始めた頃は、糸井重里氏や仲畑貴志氏の仕事が世の中の話題をさらう、コピーライターの時代でもあった。
安藤さんはそんな熱気に満ちた時代を「先生のいない生徒」として生き、街で目にする広告のひとつひとつから、良さを吸収してきた。
丸井「好きだからあげる。」
サントリー「恋は遠い日の花火ではない。」
セゾングループ「たんぽぽは、何を信じているのだろう。」
こういった素晴らしいコピーの、どこが好きなのか、なぜ好きなのかを掘り下げていくことが、少しずつ安藤さんを形作っていった。
今回の講演会のタイトルは「ことばとコトバと言葉」。
コピー作りの第一段階として頭の中に浮かんだアイディアを書きつけた「ことば」。
そこにクリエイティブやクライアントからのフィードバックが反映されて徐々に客観的な「コトバ」になってゆき、最後に完成したコピーが「言葉」。
安藤さんがこの過程の中で特に重視するのが、
クライアント、特に現場に従事するクライアントの方の声を直に聞くこと、だという。
安藤さんはこれを「現場の肉体化」と呼び、
大成建設「ビルができたらお返事します。」他、一連の素晴らしいボディコピーは、安藤さんがこのキャンペーンを通じて実際に話を聞いた、大成建設の現場で働く1000人以上の人の声に触発されて書きあげたものだった。
続いて、これまでの安藤さんの仕事を辿りながら、そのときどきに安藤さんが何を試みたかを話していただいた。
同じく大成建設の「山では山がいちばん偉い。」というコピーは、例えばネイティヴ・アメリカンが自分の土地について語るようなイメージで、誰の口から発されることが一番説得力を持つかを先に考える、という方法で発想された。
TOHAN「飯を食え。空を見ろ。本を読め。」も同じように、父親が子供に対して語るイメージ、というゴールを先に設定して書かれたコピーだが、ここには娘の誕生と母の死を経験した安藤さん自身の思いがにじみ出ているという。
TOYOTA MARK X「男の真ん中でいたいじゃないか。」は、広告代理店のCDのオリエンシートに込められた思いにどれだけ肉薄できるか、という試みだった。
TOKYO METRO「安全。安心。メトロの目」はコピーが長く使われること自体が<安全・安心>というテーマと不可分だと考え、奇をてらった言葉は使わず、「言葉の耐用年数」を意識した。
コピーを書くという事。
街の言葉に耳をすませること。
現場の言葉をじかに聞くこと。
気になったこと、面白いと思ったことを
自分の中に取り込んでおくこと。
安藤さんが大事にしているこうしたことの根底にある態度として、安藤さん自身が標榜するのは「ゆるいGoogle」という考え方だ。
初期のGoogleのように、その時々の興味に関連のあることがばらばらと積み重ねられていく。
安藤さん自身が、先生がいない中でどうやって言葉を紡ぎ続けてきたかを知ったことは、これからも言葉に悩む私たちにとって、何よりの道標になるだろう、と思った。
触れられた数々のエピソードから、安藤さんの、世界の「端っこ」に耳をすまし続ける思考の輪郭がゆっくりと立ち現れてくるような、発見に溢れた2時間だった。